bbpersonalhistoryBの日記

脳梗塞患者入門中の毎日

4/23(水) 私は、犯罪者としか言いようのない人生を送って来た。オンライン賭博の中毒者と同じだ。家族にとっては(=犯罪者的な人生を過ごして来たようだ。現在、誰も私を引き立ててくれないのは、その証拠だ!


f:id:bbpersonalhistoryB:20250423184719j:image


特養(特別養護老人ホーム)の施設見学の予約をした。

家内に手伝って貰い、近所の施設の中から数箇所の、パンフレットを見た。私は、67才である。こんな年齢で、老人ホーム入所か?という不満はあるが、実際問題として、家族は、私の介護に疲れていて、私もその影響を受けて、落ち着かない。簡単に云うと、介護ストレスで、よく切れるのである。因みに、私は、要介護3の、障害者になって、2年半の日が過ぎた。生活全般に、他者の手を煩わせなければ、生きて行けないのだ。例えばポータブルトイレの、毎朝の片付け、洗浄や、消毒!介護ベッドの清掃と整頓!3食のご飯の準備と後片付け!洗濯、その他にも数え上げれば、ほとんど無限と言えるような手数である。このことを認めるのに、発病から2年半が過ぎた!私はこれらのことを家族にとっては、当然のことと思い込んでいて、見て見ないで済ませて来た。家族への大変さへの気遣いなど全くせずに来たようだ。本来ならば、私は家族に手を合わせなければ、生きて行く資格はないだろう。

これまでは、自分の、生活パターンを、誰の手を煩わす事なく(と思い込んでいた!)、当然のこととして、済ませてきた。私は、フリーの仕事だったので、自分の勝手放題であった。誰かの手を借りて生活するなんて、考えたことが無かった。実際には、直接見ないだけで、家族を含め、様々な人達の、手を借りて、その時々に、わずかな手数料を払って、生活を成り立たせて、きたのだろう。家族の手を煩わせていることなど、何もないくらいに考えていた。私の仕事への自信と誇りは。空虚なから、大変強かった。でも、実際は違ったのだろう。私が気が付かないところで、いろいろと、生活を支えてもらっていたのだ。今になって思うが、私は家族3人の生活を支えるだけの、稼ぎは、なかった。

その分、貧乏を被ったのは、家族だったろう。将来の生活設計など、これっぽっちも考えたことは無かった。空の自信で何とかなるだろうと思い込んでいた!だけである、思いだけでは、飯は食えない。ところが、私は思いに賭けて、喰おうとして来た!まるでギャンブル中毒である。思い込みでは、食えないのだ!自分で自分に催眠術をかけるようにして生きてきた!熱い思いではあったが、夢だけでは、現実には飯は食えない。実現可能な夢というのは、在るだろう。その代わりに少しずつの夢に向う、地道で地味な努力の繰り返しが必要なのだろう。私の夢は大きかった。奇跡を願うような、ことだった!それは師匠、竹内敏晴の後を継ぐことだった。彼は天才だった。私の思い込みの強さが、人を動かしたこともあった。確かに人が変わる楽しさはあつたが、だからと言って、何か新たに先に向かっては、一歩も出ることが無かった、それは、現実を変えて行く力にはならなかった。落ち着いて考えれば、現実の中には、何も残せなかった。消えてしまい、新ためて、またそのエネルギーを呼び醒ますことは、不可能であろう。

私は、もう一度全てがゼロになる、地点に立って、残りの人生を地道に紡いで行くしかないだろう。どこに行くのか、わからぬ道を歩んで行くしかない。新しい世界に、自らを移して、今度こそ本当にゼロになって、また、歩き始めよう!(と思う!

)夢ではなくて、現実に目を開きながら!

私は介護することの大変さを、全く考えずに来た。どれだけニュースなどで、騒いでも、私には、他人事であった。自身の父と母の世話を少々したことは、あるが、その一番大変なときに、私は、脳梗塞になってしまった。父母の介護は、現実と格闘して生きて来た「弟」任せであった。だから私には、介護にエネルギーを注ぐことの、大変さ(ストレス)ほ、ほとんど実感がない。

特別養護老人ホームに入ることは、私の全ての前歴が、役に立たないところに立って、家族には私の世話をすることから、できる限り、自由にになって、欲しい。そのためには、私自身が孤独の中から、自分が生きることは、何か?を、今更ながら考えて、行動をして行くしかない。そのためには、猛烈な反省と地味な努力が必要であろう。せめて、家内と娘には、褒めててもらえるような、終の住処を営みたいものだ。

これから老人ホームに入るのは、私にとってはは、人生を考え直す最期のチャンスだろう。自らの寿命の内で、果たして生きている内に、私の願いは叶うだろうか?老人ホームに入るのは、私の犯して来た罪に対する罰だろう。一人になってじっくり考える、最後のチャンスと考えるしか今は無い。私は何がしたいのか?再び問うていくしかなさそうだ。それも後戻りの利かないところに立って!