bbpersonalhistoryBの日記

脳梗塞患者入門中の毎日

2/13(金) 器用と言うことは、誤魔化しが効くということだ。

器用のごまかし。

出来ていないことを微妙にでっち上げで済ます。たから、芸術的な深まりを持てない。

誤魔化しだらけの人生。私は器用だ、その上興味を持つと、集中力を発揮する。出来上がる迄に、繰り返し、作業に打ち込む。夢中になるようで、我を忘れることがない。芸術家というより職人である。私の意識はいつも自分が物を生み出す作業を評価している。だから、結果には卒が無い。しかし個性の在るものは作れない。制作中は意識を乱す騒音が気になる。飛び抜けた物は出来ない。結局40年やったが一生かけて、無難な舞台しか、つくれなかった。歩く練習もそうだ。器用さで、歩けるようになるが、でっち上げで深みを欠くので、すぐに息詰まる。あるところまでは、行くのだが、意識を頼ってしまい、無意識の動きに成らない。コツを寄せ集めて、歩くことを組み立てている。自然には成らない。意識から無意識への、変わり目で、時々転倒する。私はからだの職人だった、相手の足りないところが良く分かる。そこを攻め込む。その事には全力をかけて、やる。結果として、思いがけないものが見つかるが、中々定着しない。

ここのところ、私は聖霊を直かに掴もうとしていたようだ。この前は、ベッドから落ちるところを助けて貰ったが、あの時に意識はなかった。たから、聖霊が働けたのだ。意識で掴むことの適わない聖霊、視覚で捉えることの出来ない聖霊。風のような者かも知れない。歩きの聖霊さんがいるなら、手を貸して下さい。私は禅の修行で美しい龍のような聖霊を見たことがある。あんな力を身に受けて、山の端を越えて、大空を飛び回りたいものだ。「🎶聖霊来たれり🎶」そのためには、自分が虚しくなる必要がある。あの時は、覚園寺の山中の木々の聖霊が寄り集まり、参道に沿って小川を成して流れ込んできた。今はキリスト教徒になったが、自分が空しくなって、聖霊が私を満たしてくれるまで祈らなければ。f:id:bbpersonalhistoryB:20260214165151j:image

今朝は、からだを揺する夢を見た。工夫次第で、出来ないことでは無いような気がするのだ。