bbpersonalhistoryBの日記

脳梗塞患者入門中の毎日

12/24(水) 歳を取ると言うこと

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平均寿命が、男性は81才だそうだ。いま私は68才だから、あと13年か?この世に生まれて小学校を卒業する迄の時間か?あっと言う間だろう。これからの、残りの人生をどう生きるか?少し考えて見よう。考え始めると、どうしても、からだが、不自由になる前の自分を考えはじめる。夜は、ぐっすり寝て、良く休めるのが当たり前だった。いまは、足腰の痛みに眠られず繰り返し目が覚める。こんな夜が、いつまで続くのか?あと13年も我慢を、できるだろうか?と考える。年寄りの愚痴とはこんなところか?早く人生を終えたほうが、どんなにか楽だろうとも。でも自傷で痛いのはイヤだ!と思うので実際には日々を生きている。今朝は雨で空気が湿っている。意識が溶けてしまいそうだ。ここ2年程掛けてリハで身につけたものが溶け落ちて、全ての努力が無駄に思える。思考が鈍ると、一挙に老化が進むような感じだ。自分の動作の鈍さが、車椅子で、すれ違う老人より、勝っている。鈍さが勝っているのだ。要するに遅いのである。文句無しに、他人から見たら私も、すれ違う人も共に老人である。68才なんて、誰も見ない、歩行練習をしていると、現に口うるさい婆さんに、足が悪くて可哀想なんて、いわれる。返答に詰まっていると、頭まで不自由なのね!可哀想に!と、決めつけられる。私は態度と行動が、歩いていると、よぼよぼの爺さんなのである。自分ではまだ若いつもりだったのが、他者にしてみれば立派に年寄りなのだ。やっと念願の便💩が出た。毎日、出ないと悩む。頭も、ボーッとする。便が出ないと、頭もスッキリしないと言うのは、病気になる前は、考えもしなかった。テレビを見ていると、若者が素敵に活躍しているのが羨ましくて、悔しい!だから、テレビを見ない。健康に動ける人を見ると、羨ましい。それでも残りの人生を、悔いのない充実したものにしたいと、強く望んでいる。キリスト教に入信した理由は、そんなところにある。人のために祈れるようになって、残りの人生を充実したものとしたい。私に残されたのは身体を使ったパフオーマンスではない。求道者のような生き方は終わりにして、大地ににひれ伏して、心を込めて祈る、礼拝者になりたい。聖書を読もう。書くことができるのと、読むことが出きるのは、何よりも有難い、天の恵みか?

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