bbpersonalhistoryBの日記

脳梗塞患者入門中の毎日

11/23(土) 歩くということ

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私の体操の師、野口三千三さんが、言っていたことばに、「重さの神」という言葉があった。今ならそれが良くわかる。私が歩くと言うのは、私の意志と努力に依るのではない。歩こうとするところに、必ず神の手助けが、働いている。先ず「重さの神」の手助けがなければ、どんなに有能なオリンピック選手でも、「立つ」ことさえ出来ないのだ。一歩一歩の歩みの時に、大地は重さを受けて、大地から力を返してくれる。そのエネルギーで、立つこと走ることが、出来る。その大地を踏む反作用のエネルギーで立ったり、走ったり、跳ねたり、踊ったりと。人間の動きのバライティーは、全て生まれて来る。キリスト教では、全ての人間の活動の生まれを全能の神に帰す。第一原因者とも言う。私は歩く時一歩一歩の足の裏で、神に語りかけながら歩いている、足の裏で、大地に柔らかく触れなから歩くのだ。まるで母親のお腹の上を歩くように、足で大地を傷つけないように、一歩一歩気を付けながら歩くのだ。片足を失って、障がい者になって、初めて分かった、野口体操の意味がある。私が健常者のままであったら、絶対に判らなかったことがあるだろう。障害に感謝すべきかもしれない。

くどいかも知れないが、『身体の動きは意思と努力に依るものより、個人の意思や努力が届かない所にある!』