

新たな、始まりである。新たというのは、それまでの過去と、決別して、全ての明るさに、繰り返し見(まみ)えることである。瞬間が、光輝く。神を身近に感じる。そんな機会を、左半身麻痺と言う病気が与えてくれた。人生の後半の新たなスタートだ!まだ68歳!あと何年生きるだろう?予定よりも、随分早めに、入所できたのは、まだまだ生きている内に、やるべき務めが、あると言うことか?私は生きている限りは、自分の人生をあきらめたくない。私は、11/9に洗礼を受けて、キリスト教徒になる。新たに生き始めなければと思う。残りの人生を計算しながら、余暇で暇を潰して行くようなことは、したくない!できない!我ながらこの文章は格好付け過ぎている文章だと思う。明日の朝には、身体の痛みや便秘の苦しさに、暗く下を向いているかもしれない。でもこんなに法螺を思い切り吹くと、何処からか、元気が湧いてくる。
「ばんさん!」(瀬戸嶋のニックネーム)、ファイトォ!
ああ!スッキリした!